◆ほのかな土の香◆

 霜踏みしめ枯れ葉踏み分け、途切れ枯れ蔓(つる)追う彼の目は狩人なのです。
獲物は無論、獲物の潜む地中の岩や木の根の有無をも推し測る。
その違(たが)わぬ“感”は秀逸です。事無げにほぼ垂直に掘り下げて、
次に刃先で傷つけぬよう獲物が纏(まと)った土の衣(ころも)を剥ぐのです。
みずみずしくはじけるごとく折れ易い、しかし粘りが命の自然ジョが堀師の粘りに
音をあげます。土の香が朝の冷気に匂います。

 大トロ、キャビア、桜バラ、人の好みは十人十色。私の姪など帆立の“耳”が
好きなのです。でも普通帆立は貝柱、ですよね?

 冒頭仰々しくご紹介した堀師。好物<小術(コジュツ)>を口にするたび
「うまか〜、懐かしか〜・・」寡黙な彼がそう呟くと、やがて意味深(いみしん)に
空(す)いた歯で“ニッ”と笑うのです。一体何を思い出すのやら、“秀逸な感”など
持ち合わせぬ私には想い及びもつきません。でも小術という名の響きがなんとなく
古風で淑(しと)やかな女性の姿を連想させるのです。

 ホルモンも馬ホルが主流のこの地では、とりわけこの小術をして“上ホルモン”と
呼ぶのです。色艶(いろつや)まるで貝柱。その意味ではごく普通の食材なのです。
 ただ、しばし妬いて焦がれたこの小術、食する人の心根(こころね)深くまどろむ
エロスにそっと委(ゆだ)ねた思い出を、勝手気ままにすくい上げ思い出させて驚かす
悪戯(いたずら)心が有るようなのです。
さあ〜心して召し上がれ、魅惑の旨味、小術の魔術、ほのかに香る・・・。
いえご心配なくお客様、貝にあらざる小術ゆえその秘め事聞く“耳”持ちませぬ。